第65回定期演奏会プログラムノート(曲目解説)

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ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67

この曲は、あらゆるクラシック音楽のうちで、いやロックやポップス音楽を含めてた全ての音楽作品のうち、世界中で最も知られた曲かもしれない。冒頭の「ダダダダーン」のわずか四つの音で「あ、これベートーヴェンの『運命』だ」と答えるだろう。こんなオーケストラの名曲を、沖縄交響楽団が(全楽章を)公式に演奏するのは、この演奏会が最初らしい(文末注参照)。

閑話休題。

この5番目の交響曲に対し、ベートーヴェン自身は『運命』という標題は名付けていない。しかし、彼の秘書のA.シンドラーが記した「会話帳」の中で「冒頭の4つの音は何を示すのか?」という質問にベートーヴェンは「このように運命は扉をたたく」と答えた、との記述から、日本では『運命』、またドイツ語圏で『運命交響曲』という通称で呼ばれる。がしかし、である。この「会話帳」には、学術的な検証を行ったところ、多くの改ざんが見つかった。しかも彼が残した膨大な手紙などに「運命」に関する記述は全く見当たらない。このようなことから、現在ではこのエピソード自体が捏造として扱われている。

本作品は典型的な交響曲の様式通り4つの楽章から成る。重厚な第一楽章、瞑想的で温かい第二楽章、不穏な第三楽章と、途切れずに演奏される第四楽章。この曲の「暗から明へ」という作風は、その後の作曲家に絶対的な影響をもたらした。各楽章の学術的な解説はウィキペディアに任せることにして、以下は演奏する立場からその特徴をご紹介しよう。

第一楽章:Allegro con brio (四分の2拍子)

冒頭の有名なモティーフは、指揮者のテンポ設定や、その中にある2カ所のフェルマータ(音符を程よく伸ばすこと)の長さに大きな差が現れやすい部分として知られる。近年のクラシック演奏では作曲された当時のスタイルを尊重する傾向があり、ひと昔前に比べてあっさりした演奏が多い。さて、私たちの演奏はいかがであろうか?

このモティーフについて、彼の弟子であったC.チェルニー(ピアノの教則本の作品が良く知られる)は興味深い証言をしている。「ベートーヴェンがウィーンの公園を散歩中に聞いたキアオジの鳥の鳴き声から発想を得た」と。キアオジはヨーロッパから中央アジアに生息する野鳥である。この野鳥の鳴き声を今ならYouTubeなど使えば聴くことができる。実際に聴いてみると、キアオジが鳴く「チチチチチチ・ツィー」は確かに!である。同じ音のきざみを何度も繰り返し、最後に音程が変わり「ツィー」と延ばすのだ。このキアオジの鳴き声をイメージして演奏するとしたら、我々はこの1楽章をベートーヴェンのメトロノーム速度の指示通り、1小節を108のテンポで演奏する必要がありそうだ。(が、このテンポで演奏するには本当に本当に難しい。)

第二楽章:Andante con moto(八分の3拍子)

冒頭の柔和な第一主題と、金管楽器が奏でる強剛な第二主題のコントラストで織りなす「主題と変奏」である。その中でメロディーに伴って奏される第2ヴァイオリンの「裏メロディー」もお楽しみ頂きたい。ちなみに、初演の後の1817年にベートーヴェンがスコアに書き残したメトロノーム速度は八分音符で92である。

第三楽章:Allegro(四分の3拍子)

スコアに残されたメトロノーム速度は1小節で96である。第二楽章のテンポとだいたい同じである。曲全体の統一感をテンポによって図ったのであろう。コントラバスとチェロの低弦の短調の分散和音で開始する。この冒頭部分とのコントラストが見事なのが中間部のトリオ。コントラバス、チェロにファゴットが加わる。かのベルリオーズはこの部分を「象のダンス」と形容したそうな。ここは「象の大暴走」にならないよう冷静さが必要である。トリオの後で再び不穏なハ短調に戻る。ティンパニによる弱い連打が始まると、いよいよピッコロ、コントラファゴットおよび3本のトロンボーンがようやく楽器を構え、全ての楽器が鳴り響くクライマックスを迎える。

第四楽章:Allegro(四分の4拍子)

第三楽章の重々しい響きをぶち壊した「勝利の爆発」である。ベートーヴェンはこの4楽章の壮大な響きを求めるため、交響曲に史上初のピッコロ、コントラファゴットおよびトロンボーンを採用した。ピッコロやトロンボーンは当時は軍楽隊やオペラなどに限定された楽器であった。特にトロンボーンは教会のミサに不可欠な楽器であった。このうちアルトトロンボーンは合唱の女声パートを補完する役目があり、高音域が演奏できるよう管が細くて短かいE♭管が用いられる。なお、一般的なオーケストラではアルトトロンボーンの代わりに、第一奏者でもテナートロンボーンが用いられることもある。

さて、曲は豪快で華やかに終わる。この曲を「運命」と呼ぶのは学術的にはふさわしくないと説明したものの、シンドラーのネーミングのセンスは大したもんですよ。

ベートーヴェン交響曲第7番 イ短調 作品92

第一楽章:序奏部はPoco sostenuto(四分の4拍子)- Vivace(八分の6拍子)

序奏部は管楽器が次々とバトンリレーによってみずみずしい旋律を引き継ぐ。その後テンポが速くなり、数多くのテレビCMや映画でも使用されたあの有名なメロディーが現れる。この楽章には「タッタラ・タッタラ・タッタラ・タッタラ」と聴こえる十六分休符を含むリズムに対して「ターッタラ・ターッタラ・ターッタラ・ターッタラ」と休符が間に含まれないリズムの2つのパターンで構成されている。この違いが明確に伝われば良いのだが…

第二楽章:Allegretto(四分の2拍子)

この二楽章の主題は何とも質素ながら哀愁を帯びている。主題はその後で変奏が加えられる。なおスコアにはこの楽章のテンポ指示は四分音符でメトロノーム速度76である。この曲の古い名演録音を記憶する方々からは本日の演奏は随分テンポが速いな、とお感じになることであろう。が、楽譜に対してどれだけ忠実に演奏できるだろうか? なお、この第二楽章は初演の際に聴衆から熱狂的な支持を受け、アンコールもされたそうだ。

第三楽章:Presto – assai meno presto(四分の3拍子)

ベートーヴェン以前の作曲家にとって交響曲やピアノソナタの中間楽章には、ゆったりとした3拍子の舞曲「メヌエット」が配置されるのが定石であった。この常識を覆したのがベートーヴェンである。彼はメヌエットに代わりテンポの速い「スケルツォ」へと発展させる。貴族社会の中で優雅に踊られた「メヌエット」を否定することが、そんな社会に対する反抗の一つだった。しかしメヌエットと共通してスケルツォにも「トリオ」と呼ばれる中間部は継承された。トリオではテンポはやや緩み、クラリネット、ファゴットとホルンの音色が混ざった柔らかい響きで牧歌的なメロディーが歌われる。

第四楽章:Allegro con brio (四分の2拍子)

ベートーヴェンとしては異例の熱狂的なお祭り騒ぎの楽章である。沖縄風に例えるなら「『唐船どーい』を交響曲で表現してみました。カチャーシーいかがです?」ってところか。四楽章の主題のリズムを聴いてみると、2拍目にアクセントが感じられる。これは現在のロックやポップスのビート感と共通する拍子の取り方でもある。そのメロディーも8小節と短く、色々な楽器に引き継がれながら何度も繰り返される。ウキウキ・ワクワクはさらにハイテンションになって曲を終える。

注)本団の活動記録によると、1978年8月に本団員の多数が参加した「RBCゴールドブレンドオーケストラ」によって演奏したとあるが、本団が主催する64回分の定期演奏会および特別演奏会で全楽章が演奏されたとの記録は見あたらない。

(文責:高良健作)

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